野宿歩き遍路の逍遥記

四国八十八ヶ所と別格二十霊場、その他の番外霊場の全てを参拝しようとしましたが、番外では道に迷った場所、行くのを忘れた場所など8ヵ所あります。番外を含めて四国を歩きで廻ると3ヶ月かかるといいます。この体験記では最初に京都の東寺に寄り、結願後は高野山へ行き、近隣の一之宮にも立ち寄るなどしています。日数99日間。費用約355,000円。装備準備費用約90,000円。逍遥とは気ままにあちこちを歩き回ることだそうで、歩き遍路の日々にピッタリだと思い名づけました。

98.大師廟から丹生官省符神社

5時30分頃起床。早く起きる癖が抜けない。ゆっくり眠れた。6時30分にお勤めがあると呼ばれて本堂へ。焼香をして読経に耳を傾ける。高野山のお経は2人でハーモニーを奏でていて歌を歌っているみたいだ。おなじみの般若心経や光明真言などを聞き、朝食の支度が出来ているというので、仏様の隣の大師にも挨拶をして奥の院へ行きますと告げた。それにしてもお勤めと葬式の儀式は似ているというか同じなんだなあ。今朝のご飯は大根おろしなめこ、出汁がおいしかったがんもどき、漬物、海苔などのさっぱりしたご飯で、物足りないので後でコンビニで買い食いしてしまう。お櫃のご飯でおにぎりにする。宿坊の寺の納経印もいただいて、わくわくしながらお大師さんが今も生きているという大師廟へ向かう。今日は朝から大雨で1番と88番と引き続き穢れているからお清めの雨が降っているのか?とガックリする。前回と同じようにきっと参拝すれば雨もやむだろうと考えて8時頃出発する。一の橋からの参道には大きな杉がたくさんあって五輪塔がドカドカ建っていてすごいなあとキョロキョロしてしまう。奥の院まで行くと人がたくさんいた。大師のいるところは一段高くなっていてローソクも線香も花もたくさんあって、大師はたくさんの人から親しまれているなあと感心した。観音様もそうだが人々を救うという誓願を立てているからこんなに人気があるのかな。帰り際にストラップを買おうかどうしようか迷って結局買わず、大師の絵も買わず、納経所では、おめでとうと祝っていただく。せっかくなのでカラーの御影をいただいた。これで全てが終わったなあとフラフラと歩き出す。雨も小降りになりやみそうだった。土産物屋で胡麻豆腐を買う。大師の守護仏の浪切不動尊へお参りに行くと、先達風の男性遍路から、おめでとうと紅白のローソクをいただき嬉しかった。遍路中はお不動さまともご縁があると思っていたが、きっと大師を守っているお不動さまだからこちらのことも助けてくれたのだろうなあ。徳川廟と女人堂へ向かうが、徳川廟は重文で拝観料200円だったので、そこまで興味がなかったので行かなかった。そして女人堂へ。昔はここで通夜をして遥拝し下山したそうだ。バス停へ行くとちょうどバスが来たので、不動坂を歩いて降りようかとの考えが消えた。歩行禁止区間をバスに乗り、次にケーブルカーに乗ろうとしたが、場当たり的な旅で予定を考えておらず、運賃表にはなんばまで記載されていて、どこの駅まで切符を買えばよいのかに悩む。ケーブルカーを1本見送ってしまった。そうか橋本駅まで買えばよいのか!と思いつき購入したところ、慈尊院丹生官省符神社に参拝していないことに気づきまた迷う。もう疲れていてどうでもよかったし歩きたくなかった。電車の中では眠くてうつらうつらしてしまう。九度山駅の一駅前に目が覚めて、やっぱり行こうと思い下車。大師が母に会いに月に九度(!)高野山から降りてきたそうな。3日に一度くらいですかね、大師。他にも仕事や用事があったのでしょうが…。慈尊院は賑わっていた。しかしその上にある丹生官省符神社には誰もいなかった。神職がいろいろとお話をしてくれた。高野山は電波が入らなかったので下山するのを待って高速バスの予約をする。今日帰ってしまうか明日帰るかまた迷う。なんとなく名残惜しいのと大阪の一之宮巡りをしたかったので明日の予約にしたが、お金が惜しく思いやっぱり今日帰ろうかとグズグズ迷う。九度山の近くの温泉まで歩く気力もなく電車に乗り、橋本で電車を間違えてなんばに着くのは7時。とにかく今はゆっくりしたいとだけ考えている。野宿も最後なのにしなかった。やはり本音では野宿がキツかったのだろうなあ。そして旅が始まった実感も終わった実感もなかったような気がする。遍路が終わっても人生はまだ続いていく。これからどうなってしまうのだろう。あー眠い。

歩いた距離
9.7km